「Slay the Spire のUIを借りて中身を差し替えた」——この理解は事実と違う。開発者は StS を発売の18ヶ月後まで一度も起動していない。意図的に避けていた。彼が借りたのはプレイヤーの頭の中に既にあったものだった。
このゲームを「既知のUIを借りて中身を変えた例」として読むと、いちばん重要な部分を取り逃がす。LocalThunk が意図的に借りたのは2つ——ポーカーの役という世界共通の既知ルールと、『Luck Be a Landlord』のスコアアタック型ラン構造。StSからは終盤に「アセンション(難易度段階)」だけを明示的に拝借している。
I downloaded Slay the Spire and played it for the first time. Holy shit. now that is a game. ... Thank goodness I avoided playing it until now because I surely would have just copied their incredible design.
Slay the Spire を初めてDLしてプレイした。なんてことだ、これこそゲームだ。……今まで手を出さずにいて本当によかった。さもなければ間違いなく、あの見事な設計を丸ごとコピーしていた。
LocalThunk — 本人ブログ「The Balatro Timeline」2024/3/6プレイしたのは2023年5月。開発開始から約18ヶ月後で、理由は「カードゲームのコントローラー対応を参考にしたかった」から。彼は意図的にジャンルから自分を遮断し、ナイーブに設計空間を探索していた。
本人はポーカーをやらない。むしろギャンブルを嫌っている
The poker theme was slapped on top of the game I was already creating mainly as an onboarding tool. I don't play poker.
ポーカーというテーマは、既に作っていたゲームの上に主に導入装置として貼り付けたものだ。私はポーカーをやらない。
LocalThunk — Rogueliker 2024/3/7ゲームの実体は、広東のカードゲーム Big Two(大老二・大富豪系)が起点だった。コロナ禍に友人とオンラインで遊ぶ多人数版(内部名「Big Cheat」)を作ろうとしたのが発端で、それが単独プレイのソリティア風に進化した。
I think there's a contingent of people more willing to interface with a game if it's talking about blinds, discards, and all these [poker] words. It was like an onboarding tool, a coat of paint to make this seem approachable for a particular audience.
ブラインド、ディスカードといったポーカー用語で語られていると、ゲームに触れてみようという層が一定数いる。それは導入装置、特定の層に取っつきやすく見せるための塗装のようなものだった。
LocalThunk — Game Developer借りたのはUIレイアウトではない。「プレイヤーが説明ゼロで理解できる文化的共有物」である。
ポーカーの役は、世界中のほぼすべての文化に浸透している。チュートリアルが要らない。それだけの理由で選ばれた。
チップ × 倍率。この乗算構造が、序盤は全ハンド合計で1000点に届かないのに、終盤は1ハンドで数万〜数百万点に跳ねる理由。倍率自体を掛ける xMult 系ジョーカーが、指数的なインフレを生む
The game had the CHIP X MULT mechanic already. I really don't know where this idea came from but it seemed very natural for a scoring system.
ゲームには既にCHIP×MULTの機構があった。このアイデアがどこから来たのか本当にわからないが、スコアシステムとしてごく自然に思えた。
LocalThunk — 本人ブログ 2024/3/6ここが決定的だ。ポーカー(借り物)とchips×mult(自作)は、層が違う。借りたのは学習コストを下げる表層で、面白さの核である「数字の跳ね方」は完全にオリジナルだった。だから劣化コピーにならなかった。
To me it's akin to hanging a picture on the wall ... it's better to just do it by feel. If the picture FEELS level but actually isn't, that is better than it being technically level but feeling askew.
私にとっては絵を壁に掛けるのに似ている……感覚でやる方がいい。実際は水平でなくても水平に「感じる」方が、技術的に水平でも歪んで見えるよりいい。
LocalThunk — Rogueliker 2024/3/7ただし放任ではない。「強すぎて周囲の戦略を食い尽くすカードは抑える」とも述べており、「バランス調整のほぼすべては数値を変えるだけで済む」と付け加えている。
「たぶん10本くらい売れると思っていた」
One year ago I was preparing to publish my weird little game on Steam and look for an IT job again. I made the store page live in May and was expecting to sell maybe 10 copies.
1年前、私はSteamで自分の変な小さいゲームを公開し、またIT職を探そうとしていた。5月にストアページを公開し、たぶん10本くらい売れるだろうと思っていた。
LocalThunk — X 2024/4/27最初の2本は、この縮尺では見えない。48と183である。ストアページ公開時、本人いわく「期待通り何も起きなかった」。青いバー(7月末 28,661)が、Northernlion が配信した月。
火をつけた配信者は具体的に判明している。2023年6月中旬に Dan Gheesling が配信してWLが跳ね、7月中旬に Dan Gheesling が自身の配信で Northernlion に薦め、Northernlion が同日プレイした。これが7月末の急伸の主因の一つである。
「小さな配信者から火がついた」説はおおむね本当だった。2023年6月時点で取り上げたのは、ほとんどが小規模・インディー特化チャンネルである。
デモの設計も効いている。当初の「50ラウンド制限デモ」を「コンテンツ制限デモ」に変更し、Steam Next Fest(2023年10月・2024年2月)に合わせて提供した。Playstack によればデモ公開後の最初の3ヶ月でSteamで10万ダウンロード。
Balatro は配信を主目的に作られていない。それでも回った理由は構造的に説明できる。
そしてもう一つ、意図的な設計がある。スコアプレビューをあえて見せない。
My personal belief is that the game is more fun when you set up your Rube Goldberg machine and watch it go before knowing whether or not the hand will win the round.
私の個人的な信念では、ルーブ・ゴールドバーグ装置を組み立てて、その手がラウンドに勝つかどうかわかる前に、それが動くのを見る方がゲームは面白い。
LocalThunk — Reddit AMA(GMTK/Aftermath経由の二次報道)結果が出る前の「ワクワクする数秒」が生まれる。これがそのままクリップになる。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2021/12/13 | Lua学習フォルダ「template」を作成。IT職の有給約3週間をまとめて取って着手 |
| 2022/03 | 完全に手を止める(ドライブが消えたら止めるのが彼の創作習慣) |
| 2022/05 | 再開 |
| 2023/01 | パートナーの就職に伴い前職を退職。3〜6ヶ月フルタイム無給で開発 |
| 2023/05末 | ストアページ公開(WL 48)/StSを初めてプレイ |
| 2023/06 | PlaystackのスカウトがXでDM。当時フォロワーはごく少数 |
| 2023/08〜 | 睡眠と心臓の不調(後にストレス性の不安発作と判明) |
| 2023/10 | StSからアセンションだけを明示的に拝借 |
| 2024/02/20 | PC/PS/Xbox/Switch 同時発売 |
エンジンは Löve2D + Lua。Luaの `local` キーワードと、パートナーの「thunk」という発言から「LocalThunk」という名が生まれた。ゲーム制作歴は約10年、すべて趣味である。
友人が20〜40時間遊んだ、という事実だった。数字ではなく、1人が自発的に遊び続けたかどうか。個人開発で最初に置くべきマイルストーンとして、これは真似できる。
そして2023年6月、Playstack のスカウトが X(当時Twitter)で DM を送ってきた。このとき LocalThunk のフォロワーはごく少数で、WLは2,440件。バズった後ではなく、バズる前に見つけられている。
複数社から声がかかったが、過去に組んだスタジオの評判を確認してPlaystack と契約している。契約書を読むより先に、前に組んだ相手に評判を聞く。
2024年3月1日、PEGIが3+から18+へ引き上げ(「顕著なギャンブル表現」)。2ティア以上の上昇で自動削除される仕組みにより、欧州・豪NZ・日本のSwitch eShopで一時削除された(Steam/PS/Xboxは影響なし)。LocalThunkは「実際にギャンブル機構を持つEA Sports FCが3+なのが問題」と抗議。後に異議申立てでPEGIは12+へ再分類し、基準の見直しを表明した。事前確認していても起きうる。
「パブリッシャーが付いた」の中身を分解する
イギリスのゲームパブリッシャー。CEO は Harvey Elliott——2025年1月の Pocket Gamer Connects London で「Balatro 全世界500万本超」を発表した人物。関連会社に Sold Out があり、Balatro が PEGI に 18+ を付けられたとき、異議申立てをして 12+ に再分類させたのはこちら側である。
2026年5月、親会社 TruFin が保有する Playstack 株 84.5% が、IMC の子会社 VantageCo へ £112.4M(約$151M)で売却された。全体の評価額は約 £169M。WL 48件の無名ゲームを DM 一本で拾ったことが、数年後に会社そのものの価値になった。スカウトが毎日 Steam の新着を人力で見ている理由が、ここにある。
| やったこと | 実務としての中身 |
|---|---|
| 発売プラン設計 | 発売日をいつにするか(競合の大作を避ける)、価格、初週割引の有無、Next Fest に出るタイミング、告知を何回どの順で打つか。「いつ何を出すか」の時間割 |
| 多言語ローカライズ | ゲーム内テキスト+ストアページの翻訳。翻訳者の手配・発注・チェック・組み込み。Balatro の Steam 売上は米33%・中26%なので、これは直接売上に効いている |
| 全主要コンソールへの Day1 移植 | PS4/PS5/Xbox/Switch に同日発売。開発機(devkit)の入手、各プラットフォームの審査(認証)通過、機種ごとの実装が要る。個人が単独でやるのが、いちばん難しいのがここ |
| レビュー用メディア対応 | 発売前にメディアへキーを配り、解禁日を合わせて一斉にレビューを出させる。結果、発売初日から Metacritic / OpenCritic に 90超えのスコアが載っている状態を作った |
| デモ配布 | Next Fest 用のデモ運用。公開後3ヶ月で Steam で10万ダウンロード |
| インフルエンサー誘致 /コミュニティ形成 |
配信者への提供と、発売前の招待制トーナメント「Jimbo's Invitational」(24時間開催・ピーク同時視聴5,600人)。加えて Discord 等の場づくりと運用 |
発売日に Metacritic スコアが空欄のゲームと、90が載っているゲームは、別の商品である。
買うか迷っている人がその場で判断できる。他のメディアが「高評価スタート」として二次記事を書く。そしてストアページに載る初期レビューが、好意的なものから始まる。
これは発売後に自然と集まるのを待っていては、絶対に作れない状態だ。事前にキーを配り、解禁日を揃える段取りでしか作れない。
知識と手間の問題
関係性と資格の壁
つまり「パブリッシャーが付く」の価値は、宣伝してもらえることではない。
自力では到達できない2つ——メディアの解禁日とコンソールの審査——を、代わりに通してもらうことである。残りは、やろうと思えば自分でできる。
LocalThunk が契約を受けた基準は「IT職で得られる給与を代替できる規模かどうか」。専業になれるかどうかだけで決めている。この1点は、そのまま真似できる。
このレポートの結論。ここだけ持ち帰れば足りる
学習コストを下げる層
面白さの核。絶対に自作
それを借りたら、プレイヤーが「元のゲームでいい」と思うか?
Yes なら 核。自作するしかない
それを借りると、プレイヤーが説明なしに理解できるか?
Yes なら 土台。借りてよい
エンジンは Löve2D + Lua が有力候補(LocalThunkの実証例。2D特化・軽量・学習が短い)。ただしビジュアルエディタが欲しいなら Godot も選択肢。Robloxを主戦場にするなら、この判断はそもそも不要になる——Luau は Lua なので、ここで学んだ言語はそのまま Roblox で使える。
Balatroの教訓は「既知のUIを借りろ」ではない。
プレイヤーの頭の中に既にあるものを借り、面白さの核は自分で発明しろ。そして——参照したいジャンルの傑作を、設計が固まるまで遊ばないという選択肢も、実在する。
プラットフォーム別の売上比率(公式・非公式とも未確認)/2025年1月の500万本以降の最新累計(2026年時点で公式発表なし)/「意図的にbroken buildを許容し、ナーフより数値調整を選ぶ」と明言した一次発言。「ゲームを破らせる」系の言い回しは主に批評家・第三者の表現であり、確認できる本人の発言は「感覚で調整する」「強すぎるカードは抑える」「大跳ねに驚く」に留まる。
「発売10日で50万本」「1ヶ月で100万本」はPlaystack/公式X由来で、第三者監査ではない。Steam実売は GameDiscoverCo の推定(レビュー数×係数のBoxleiter系手法)で公式実数ではない。WLと発売初日の数値は本人ブログが出典で、本人が「記憶で書いており細部は前後する」と断っている。
「大富豪=Big Two」は英語圏でPresident/Asshole等と呼ばれる類似ゲーム群を指す本人の説明であり、日本の「大富豪」と細部ルールは必ずしも一致しない。
一次情報: LocalThunk 本人ブログ「The Balatro Timeline」(2024/3/6)/ 本人X(2024/4/27)/ Rogueliker(2024/3/7)/ Game Developer / PC Gamer(2024/2)/ Reddit AMA(GMTK・Aftermath経由)
二次情報: Playstack 公式X・CEO Harvey Elliott 発表(Pocket Gamer Connects London 2025/1/20)/ GameDiscoverCo / AppMagic / TGA2024・GDCA2025・BAFTA2025
画像は Steam ストアページより(著作権は各権利者に帰属)/ 調査日 2026-09-06
Balatro on Steam