Balatroのテーブル
BALATRO

借りたのは、
他のゲームではない

「Slay the Spire のUIを借りて中身を差し替えた」——この理解は事実と違う。開発者は StS を発売の18ヶ月後まで一度も起動していない。意図的に避けていた。彼が借りたのはプレイヤーの頭の中に既にあったものだった。

LocalThunk / 2024.02.20 / Löve2D + Lua / 約2.5年 / 500万本超

まず、前提を訂正する必要がある

このゲームを「既知のUIを借りて中身を変えた例」として読むと、いちばん重要な部分を取り逃がす。LocalThunk が意図的に借りたのは2つ——ポーカーの役という世界共通の既知ルールと、『Luck Be a Landlord』のスコアアタック型ラン構造。StSからは終盤に「アセンション(難易度段階)」だけを明示的に拝借している。

I downloaded Slay the Spire and played it for the first time. Holy shit. now that is a game. ... Thank goodness I avoided playing it until now because I surely would have just copied their incredible design.

Slay the Spire を初めてDLしてプレイした。なんてことだ、これこそゲームだ。……今まで手を出さずにいて本当によかった。さもなければ間違いなく、あの見事な設計を丸ごとコピーしていた。

LocalThunk — 本人ブログ「The Balatro Timeline」2024/3/6

プレイしたのは2023年5月。開発開始から約18ヶ月後で、理由は「カードゲームのコントローラー対応を参考にしたかった」から。彼は意図的にジャンルから自分を遮断し、ナイーブに設計空間を探索していた。

48ストアページ公開時のWL(2023年5月末)
208,401発売日のWL
119,000発売初日・Steamのみ
$600,000+発売から数時間の収益
500万本超2025年1月・全世界
150ジョーカーの種類(当初はゼロ)

LAYER 01ポーカーは「塗装」だった

本人はポーカーをやらない。むしろギャンブルを嫌っている

The poker theme was slapped on top of the game I was already creating mainly as an onboarding tool. I don't play poker.

ポーカーというテーマは、既に作っていたゲームの上に主に導入装置として貼り付けたものだ。私はポーカーをやらない。

LocalThunk — Rogueliker 2024/3/7

ゲームの実体は、広東のカードゲーム Big Two(大老二・大富豪系)が起点だった。コロナ禍に友人とオンラインで遊ぶ多人数版(内部名「Big Cheat」)を作ろうとしたのが発端で、それが単独プレイのソリティア風に進化した。

I think there's a contingent of people more willing to interface with a game if it's talking about blinds, discards, and all these [poker] words. It was like an onboarding tool, a coat of paint to make this seem approachable for a particular audience.

ブラインド、ディスカードといったポーカー用語で語られていると、ゲームに触れてみようという層が一定数いる。それは導入装置、特定の層に取っつきやすく見せるための塗装のようなものだった。

LocalThunk — Game Developer

借りたのはUIレイアウトではない。「プレイヤーが説明ゼロで理解できる文化的共有物」である。

ポーカーの役は、世界中のほぼすべての文化に浸透している。チュートリアルが要らない。それだけの理由で選ばれた。

LAYER 02核は自作した — chips × mult

SCORE
340×63

チップ × 倍率。この乗算構造が、序盤は全ハンド合計で1000点に届かないのに、終盤は1ハンドで数万〜数百万点に跳ねる理由。倍率自体を掛ける xMult 系ジョーカーが、指数的なインフレを生む

The game had the CHIP X MULT mechanic already. I really don't know where this idea came from but it seemed very natural for a scoring system.

ゲームには既にCHIP×MULTの機構があった。このアイデアがどこから来たのか本当にわからないが、スコアシステムとしてごく自然に思えた。

LocalThunk — 本人ブログ 2024/3/6

ここが決定的だ。ポーカー(借り物)とchips×mult(自作)は、層が違う。借りたのは学習コストを下げる表層で、面白さの核である「数字の跳ね方」は完全にオリジナルだった。だから劣化コピーにならなかった。

巨大なスコア
1ハンドで194万点。強力なコンボは組めるが、ブラインドの要求スコアも上昇し続けるため「ゲームを破壊する」のではなく「ゲームを破った気分になる」に留まる

バランスは「感覚で」取っている

To me it's akin to hanging a picture on the wall ... it's better to just do it by feel. If the picture FEELS level but actually isn't, that is better than it being technically level but feeling askew.

私にとっては絵を壁に掛けるのに似ている……感覚でやる方がいい。実際は水平でなくても水平に「感じる」方が、技術的に水平でも歪んで見えるよりいい。

LocalThunk — Rogueliker 2024/3/7

ただし放任ではない。「強すぎて周囲の戦略を食い尽くすカードは抑える」とも述べており、「バランス調整のほぼすべては数値を変えるだけで済む」と付け加えている。

ジョーカーのコレクション
ジョーカーは150種類。当初はゼロだった。Playstackとの会議で「120個」と言ったのが「150個」と伝わり、本人が「150の方がいい」と30個足したという逸話が本人ブログにある

LAYER 03WLは48から始まった

「たぶん10本くらい売れると思っていた」

One year ago I was preparing to publish my weird little game on Steam and look for an IT job again. I made the store page live in May and was expecting to sell maybe 10 copies.

1年前、私はSteamで自分の変な小さいゲームを公開し、またIT職を探そうとしていた。5月にストアページを公開し、たぶん10本くらい売れるだろうと思っていた。

LocalThunk — X 2024/4/27
WISHLIST — 2023.05 → 2024.02.20(本人ブログの公表値)
48
183
2,440
28,661
49,791
77,380
114,977
208,401
5月末 6/10 6月末 7月末 9月末 10月末 1月末 発売日

最初の2本は、この縮尺では見えない。48と183である。ストアページ公開時、本人いわく「期待通り何も起きなかった」。青いバー(7月末 28,661)が、Northernlion が配信した月。

火をつけた配信者は具体的に判明している。2023年6月中旬に Dan Gheesling が配信してWLが跳ね、7月中旬に Dan Gheesling が自身の配信で Northernlion に薦め、Northernlion が同日プレイした。これが7月末の急伸の主因の一つである。

「小さな配信者から火がついた」説はおおむね本当だった。2023年6月時点で取り上げたのは、ほとんどが小規模・インディー特化チャンネルである。

デモの設計も効いている。当初の「50ラウンド制限デモ」を「コンテンツ制限デモ」に変更し、Steam Next Fest(2023年10月・2024年2月)に合わせて提供した。Playstack によればデモ公開後の最初の3ヶ月でSteamで10万ダウンロード。

LAYER 04一人用ゲームが、なぜ口コミで回ったか

Balatro は配信を主目的に作られていない。それでも回った理由は構造的に説明できる。

  1. 1ラン10〜30分で完結する。ストリームやクリップに最適な長さ
  2. スコアが画面上の chips × mult で可視化される。見ている側も一目で「今の手が何点か」わかる
  3. "broken" に見える大跳ねが、スクショして自慢したくなる
  4. ポーカーという共有メンタルモデルがあるので、視聴者に説明が要らない

そしてもう一つ、意図的な設計がある。スコアプレビューをあえて見せない。

My personal belief is that the game is more fun when you set up your Rube Goldberg machine and watch it go before knowing whether or not the hand will win the round.

私の個人的な信念では、ルーブ・ゴールドバーグ装置を組み立てて、その手がラウンドに勝つかどうかわかる前に、それが動くのを見る方がゲームは面白い。

LocalThunk — Reddit AMA(GMTK/Aftermath経由の二次報道)

結果が出る前の「ワクワクする数秒」が生まれる。これがそのままクリップになる。

Fibonacci ジョーカー
本人はこのゲームが上手くない。「人があんなことをやってのけるのを見ると驚く、私にはできないから」——プレイヤーの大跳ねに、作者自身が驚いている

LAYER 052.5年のうち、止まっていた時期がある

時期出来事
2021/12/13Lua学習フォルダ「template」を作成。IT職の有給約3週間をまとめて取って着手
2022/03完全に手を止める(ドライブが消えたら止めるのが彼の創作習慣)
2022/05再開
2023/01パートナーの就職に伴い前職を退職。3〜6ヶ月フルタイム無給で開発
2023/05末ストアページ公開(WL 48)/StSを初めてプレイ
2023/06PlaystackのスカウトがXでDM。当時フォロワーはごく少数
2023/08〜睡眠と心臓の不調(後にストレス性の不安発作と判明)
2023/10StSからアセンションだけを明示的に拝借
2024/02/20PC/PS/Xbox/Switch 同時発売

エンジンは Löve2D + Lua。Luaの `local` キーワードと、パートナーの「thunk」という発言から「LocalThunk」という名が生まれた。ゲーム制作歴は約10年、すべて趣味である。

離陸を判定した基準は、WL数でもレビュー数でもなかった

友人が20〜40時間遊んだ、という事実だった。数字ではなく、1人が自発的に遊び続けたかどうか。個人開発で最初に置くべきマイルストーンとして、これは真似できる。

そして2023年6月、Playstack のスカウトが X(当時Twitter)で DM を送ってきた。このとき LocalThunk のフォロワーはごく少数で、WLは2,440件。バズった後ではなく、バズる前に見つけられている。

複数社から声がかかったが、過去に組んだスタジオの評判を確認してPlaystack と契約している。契約書を読むより先に、前に組んだ相手に評判を聞く。

レーティングで一時削除されている

2024年3月1日、PEGIが3+から18+へ引き上げ(「顕著なギャンブル表現」)。2ティア以上の上昇で自動削除される仕組みにより、欧州・豪NZ・日本のSwitch eShopで一時削除された(Steam/PS/Xboxは影響なし)。LocalThunkは「実際にギャンブル機構を持つEA Sports FCが3+なのが問題」と抗議。後に異議申立てでPEGIは12+へ再分類し、基準の見直しを表明した。事前確認していても起きうる。

LAYER 06Playstack は、何をしたのか

「パブリッシャーが付いた」の中身を分解する

まず、Playstack とは何者か

イギリスのゲームパブリッシャー。CEO は Harvey Elliott——2025年1月の Pocket Gamer Connects London で「Balatro 全世界500万本超」を発表した人物。関連会社に Sold Out があり、Balatro が PEGI に 18+ を付けられたとき、異議申立てをして 12+ に再分類させたのはこちら側である。

2026年5月、親会社 TruFin が保有する Playstack 株 84.5% が、IMC の子会社 VantageCo へ £112.4M(約$151M)で売却された。全体の評価額は約 £169M。WL 48件の無名ゲームを DM 一本で拾ったことが、数年後に会社そのものの価値になった。スカウトが毎日 Steam の新着を人力で見ている理由が、ここにある。

担当した6つの仕事

やったこと実務としての中身
発売プラン設計 発売日をいつにするか(競合の大作を避ける)、価格、初週割引の有無、Next Fest に出るタイミング、告知を何回どの順で打つか。「いつ何を出すか」の時間割
多言語ローカライズ ゲーム内テキスト+ストアページの翻訳。翻訳者の手配・発注・チェック・組み込み。Balatro の Steam 売上は米33%・中26%なので、これは直接売上に効いている
全主要コンソールへの Day1 移植 PS4/PS5/Xbox/Switch に同日発売。開発機(devkit)の入手、各プラットフォームの審査(認証)通過、機種ごとの実装が要る。個人が単独でやるのが、いちばん難しいのがここ
レビュー用メディア対応 発売前にメディアへキーを配り、解禁日を合わせて一斉にレビューを出させる。結果、発売初日から Metacritic / OpenCritic に 90超えのスコアが載っている状態を作った
デモ配布 Next Fest 用のデモ運用。公開後3ヶ月で Steam で10万ダウンロード
インフルエンサー誘致
/コミュニティ形成
配信者への提供と、発売前の招待制トーナメント「Jimbo's Invitational」(24時間開催・ピーク同時視聴5,600人)。加えて Discord 等の場づくりと運用

「発売前日にレビューを集めた」が、なぜ効くのか

発売日に Metacritic スコアが空欄のゲームと、90が載っているゲームは、別の商品である。

買うか迷っている人がその場で判断できる。他のメディアが「高評価スタート」として二次記事を書く。そしてストアページに載る初期レビューが、好意的なものから始まる。

これは発売後に自然と集まるのを待っていては、絶対に作れない状態だ。事前にキーを配り、解禁日を揃える段取りでしか作れない。

このうち、1人でできるのはどれか

自力でやれる

知識と手間の問題

  • 発売プラン設計。調べれば分かる。誰かに頼む必要はない
  • デモ配布とコミュニティ形成。むしろ本人がやったほうが効く
  • 多言語ローカライズ。お金で解決できる範囲
  • インフルエンサー誘致。難しいが、不可能ではない

パブリッシャーが要る

関係性と資格の壁

  • レビュー解禁日の調整。メディアとの継続的な関係が前提。個人が突然お願いしても、そもそも取り合ってもらえない
  • コンソールへの Day1 移植。開発機の入手と各社の審査。実質的に、個人には壁が高い

つまり「パブリッシャーが付く」の価値は、宣伝してもらえることではない。

自力では到達できない2つ——メディアの解禁日とコンソールの審査——を、代わりに通してもらうことである。残りは、やろうと思えば自分でできる。

そして、判断軸は「有名になれるか」ではなかった

LocalThunk が契約を受けた基準は「IT職で得られる給与を代替できる規模かどうか」。専業になれるかどうかだけで決めている。この1点は、そのまま真似できる。

LAYER 07借りていい層と、借りたら死ぬ層

このレポートの結論。ここだけ持ち帰れば足りる

借りていい

学習コストを下げる層

  • 既知のルール語彙。役、手札、捨てる、揃える=チュートリアル不要化
  • ラン構造の「型」。ステージ進行 → 報酬 → ショップ → 強化 → 難易度上昇。ジャンルの共通文法なので、借りても劣化しない
  • 操作の型・情報配置の慣習。カードを手に持つ、3択から1枚選ぶ、右下に決定。ただしレイアウトを1:1で写すのは避ける
  • アイコン記号の意味。♠♥♦♣、コイン=金

借りたら劣化コピー

面白さの核。絶対に自作

  • 数字の跳ね方(スコアの数式)。chips×multは完全オリジナル。ここを借りると「〇〇の劣化版」になる
  • フィードバック体験="juice"。音・画面揺れ・炎エフェクト・数字のロール演出。Balatroはこれをスコア機構と同時に設計した。後付けの化粧ではない
  • 意思決定の質。何を捨て何を残すか、リスクとリターンの緊張。ここが独自でないと「借り物」に感じる

見分け方は、2つの問いで済む

それを借りたら、プレイヤーが「元のゲームでいい」と思うか?

Yes なら 。自作するしかない

それを借りると、プレイヤーが説明なしに理解できるか?

Yes なら 土台。借りてよい

手札を選ぶ画面
「5枚出さなければならない」——ポーカーを知っていれば、この画面に説明は要らない。それが借りた理由のすべて

LAYER 08次の1本に、どう使うか

  1. 出発点を「他ゲームのUI」ではなく「プレイヤーが既に知っているもの」に置く。題材候補が持つ文化的メンタルモデルを列挙する——麻雀、花札、すごろく、家計簿、しりとり、テトリス的な積み。説明ゼロで理解される土台を1つ選ぶ
  2. その題材固有の「気持ちいい増え方」を発明する。chips×multに当たるものを自分で作る。ここは絶対に借りない
  3. juice をスコア機構と同時に設計する。音・揺れ・数字のロール。デザイナー出身なら、ここが最大の武器になる
  4. 「カードを描き、動かし、点を数える」最小プロトタイプを作る。Balatroの2021年末プロトと同じ順序
  5. 友人1人が数十時間遊んだかを、最初のマイルストーンにする。WL数でもレビュー数でもなく
  6. ストアページを早期公開し、WLの推移を観察する。Next Fest には「時間・ラウンド制限」ではなく「コンテンツ制限デモ」を合わせる

実装の現実(非プログラマー向け)

エンジンは Löve2D + Lua が有力候補(LocalThunkの実証例。2D特化・軽量・学習が短い)。ただしビジュアルエディタが欲しいなら Godot も選択肢。Robloxを主戦場にするなら、この判断はそもそも不要になる——Luau は Lua なので、ここで学んだ言語はそのまま Roblox で使える。

方針を変えるべき閾値

Balatroの教訓は「既知のUIを借りろ」ではない。

プレイヤーの頭の中に既にあるものを借り、面白さの核は自分で発明しろ。そして——参照したいジャンルの傑作を、設計が固まるまで遊ばないという選択肢も、実在する。

LAYER 09注記

確認できなかったこと

プラットフォーム別の売上比率(公式・非公式とも未確認)/2025年1月の500万本以降の最新累計(2026年時点で公式発表なし)/「意図的にbroken buildを許容し、ナーフより数値調整を選ぶ」と明言した一次発言。「ゲームを破らせる」系の言い回しは主に批評家・第三者の表現であり、確認できる本人の発言は「感覚で調整する」「強すぎるカードは抑える」「大跳ねに驚く」に留まる。

数字の出所

「発売10日で50万本」「1ヶ月で100万本」はPlaystack/公式X由来で、第三者監査ではない。Steam実売は GameDiscoverCo の推定(レビュー数×係数のBoxleiter系手法)で公式実数ではない。WLと発売初日の数値は本人ブログが出典で、本人が「記憶で書いており細部は前後する」と断っている。

「大富豪=Big Two」は英語圏でPresident/Asshole等と呼ばれる類似ゲーム群を指す本人の説明であり、日本の「大富豪」と細部ルールは必ずしも一致しない。

一次情報: LocalThunk 本人ブログ「The Balatro Timeline」(2024/3/6)/ 本人X(2024/4/27)/ Rogueliker(2024/3/7)/ Game Developer / PC Gamer(2024/2)/ Reddit AMA(GMTK・Aftermath経由)
二次情報: Playstack 公式X・CEO Harvey Elliott 発表(Pocket Gamer Connects London 2025/1/20)/ GameDiscoverCo / AppMagic / TGA2024・GDCA2025・BAFTA2025
画像は Steam ストアページより(著作権は各権利者に帰属)/ 調査日 2026-09-06
Balatro on Steam